夏の終わりに

高校野球も終わり、8月最終週となれば、朝晩も涼しくなってきます。夏の終わりを感じるここ数日、夏に読みたくなる本と言えばなんだろう?と自問自答しておりました。

やっぱ汗と砂にまみれる感触が圧倒的な安部公房の「砂の女」かな?瑞々しい子供時代をやさしい目線で描く椰月美智子「しずかな日々」かな?

砂の女 (新潮文庫)

砂の女 (新潮文庫)

 
しずかな日々 (講談社文庫)

しずかな日々 (講談社文庫)

 

 なんて考えてました。特に「しずかな日々」はメチャクチャ良いので、これでいいかとも思ったのですが、なんとなくもっと夏という感じが詰まっていて、その中で人間の想いが吐き出されていき虚無感が立ち上る、みたいな若さとそれゆえの苦みを感じさせる「夏の本」ってなかったかな・・・と思ってました。

 で、つい最近、「おまえだったか・・・」と感じさせる本を思い出しました。灯台下暗しと申しましょうか、本棚の隅の方にくたびれた姿でずっと存在していたその本がこちらです。

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

 出た!と岡田さんのように反応してしまう感じですね。村上春樹風の歌を聴け」です。言わずとしれば村上春樹デビュー作です。

夏の終わりと言ったときに、そこに感じるやるせなさや侘しさ、それからそれらが生み出す空虚さと対照的な熱気、湿気などが重要な要素になるのですが、その辺りを内包している小説というとコレですね。

コレですね、と言っておきながら全くノーマークで、本棚の隅にあって視界にチラチラ入っていたのにも関わらず思いつかなかったのです。やはり村上春樹の初期3部作の一つという印象が強すぎて、内容をじっくり思い出せてなかった面はあります。初期3部作については特によく読んだし、今も時折読み返すことがあります。ファンもアンチも多いですが、まぁそうですよね。やっぱり素晴らしいですから。

読んでいない方は一応教養として読んでいただければと思いますが、だいたいのあらすじとしては、、、状況して大学に入った僕が、地元で仲の良かった友人・鼠から手紙を受け取り、どこかへ旅に出てしまった彼にかわって、彼の付き合っていた女性に別れを告げに行く、という話です、というかだったと思います(うろ覚え)。

こうやってあらすじ書いてしまうと、あんまりどこで夏の終わりを感じるのかわかりませんが、これはもう読んでいただくしかない。良いです。

今思うと、夏の終わり、というか、少年時代のおわりというのを描いている話なのかもしれません。ま、それは何かの始まりなんですが、何を始めるかは多分に自分の意思に依っている。でもそれを選び取るには勇気が必要だし、そういうところを避けて年齢だけを重ねてしまっている人間は多い。

この小説に登場する人物をどう読むかは人によりますが、私からすると「僕」も「鼠」もその他の登場人物すべてが不器用で、そのために何を始めるかに戸惑い、それを避けて通るような器用さがないために、いろいろと失敗しながら自分の道を選び取っていく様子を描いているのかなと思います。この辺りは、どんな物語であっても、この年代を描けばそうなってしまうものでしょう。それでもその苦みは描く人によって違うもので、それぞれ読みたいと思うのですね。

3部作はこの後、「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」と続くわけですが、残り2作はどちらかというと冬の印象があります。そちらは冬になると読みたくなる小説なので、このブログを続けていればそのあたりで書きたいですね。

1973年のピンボール (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)

 
羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(上) (講談社文庫)

 
羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険(下) (講談社文庫)